ESCOAD±02スピンオフ「―闇の中から光を―」

ESCOAD±02 スピンオフ
「―闇の中から光を―」

優しい調べが、街角に流れた。
聞き覚えのあるメロディが、耳を掠めて通り過ぎた時に、ふと過ぎる過去の記憶がある。

刑事として所轄勤務を二年経験した頃だった。
ある事件捜査で本庁が追っていたサイバー犯罪グループの摘発に関わった。最初から狙い撃ちしたわけでも、周到な下調べをしたおかげでもなく、謂わば偶然と運がよく検討をつけた可能性の一つが当たったに過ぎない、そんなキッカケだったが、1人の犠牲者も出さずにグループを、ピラミッド型階層の上部に座る数名を検挙出来た功績が大きく評価され、翌年、高見は本庁の刑事部に異動となった。
栄転である。
警視庁刑事部捜査一課。
それは選ばれたものだけが所属出来る現場刑事として羨望されるべき部署へと配属された。
自分自身、その栄誉をうれしく思ったし、また若かった。世の中に蔓延する悪という悪を捕らえる事に、正義を全うする事に対して塵ほどの疑いも持っていなかった。
一課に配属された翌年の春だった。
新たに一人の刑事が、やはり所轄から異動してきた。
「本日付で警視庁刑事部捜査一課に配属の任を受けました、新城勇希と申します。宜しくおねがいします」
年齢も近く、所轄勤務時代に功績を挙げての移動である点も似ていたから、自然と気安い会話をするようになった。
配属された当初から、それぞれ別の年輩刑事と組んでいたのだが退職や病気で引退した為に、課長命令で高見は新城勇希と組む事になった。
相性も良さそうだし、問題ないだろう、と。
あ、頼むから倫理問題は起こすなよ、と周囲からからかい半分に言われた事もあった。
「よろしく」
「どうも」
切れ長の、大きな瞳が特徴的なアーモンドアイ。
長い睫毛に、笑えば花が咲くようだった。
最初に見た時から、刑事に似つかわしくない華やかな顔立ちと姿に惹かれなかったと言えば、嘘になる。ただし、それは高見だけじゃなく、刑事課の男連中全員がそうだったと言えた。
エラい美人が入ったらしいな。
どれどれ。
大丈夫かよ、一課の現場が勤まるのか。
所轄で好成績だってよ。
すごいね、最近の女の子は。
わざわざ、見物に来るような輩もいた。
あの時までは、高見もそう思う一人だった。
それなりにジム通いなどで身体を作ってはいるのだろうが、それでも所詮は体重の軽い女だ。
こんな華やかさとは無縁の、社会の暗部に組対する仕事がそう何年も続けられるものじゃない。
刑事よりも、化粧品のカウンターや受付に座っている方が似合うだろう。
それが、新城勇希に対する印象だった。
しかし、コンビを組んで最初の事件でその甘やかな印象は消え失せた。
ある、婦女暴行魔の事件だった。
一人暮らしの女性のみを狙う、陰湿なその事件の捜査を進める中で幾つかの共通点と一つの犯行パターンが明らかになっていた。
被害者女性はいずれも、会社勤務のOLで、二十代。
交際中の相手がおらず、かつ一人暮らしで、残業が多い仕事に就いている点。
いずれの被害者も、金曜日の夜遅くに帰宅したところを狙われていた。
「犯人は、彼女たちの生活パターンを熟知している人物です。どの被害者も同じですよ。月曜から金曜日まで毎日残業を二時間から三時間こなして、家に帰るだけ。金曜日の夜くらいは、と女友達と待ち合わせて美味しい物を食べに行く。当然、少しくらいはお酒を飲む。帰宅しても彼氏やパートナー、夫のような存在は居ないか、別れたばかりの女性だから、どんな格好で化粧を落とさずにごろ寝していても、気にする相手はいない。だから皆、ほろ酔いで自宅のリビングやベッドに横になっているところを狙われている。しかも犯人は覆面で、酒が入ってぼんやりしているから手がかりも薄い」
「女性ならではの読みをありがとう、だけど化粧くらいは落とさないもんか? 自由になると女も男も変わらないってことかね」
「性格で個人差はあると思うけどね。ま、大なり小なり似たようなもんかもしれない」
「そうですか。少しずつ男の幻想が削られてゆくんですが。まあいいや。ここで重要なのは鍵だよな。鍵穴にしてもドアにしても、押し入ったような形跡が全くない点」
「合い鍵を持っている人物……って考えられないかな」
捜査会議に持ち込まれたその可能性は、次の段階へと駒を進めた。
独身、一人暮らしの女性たち。
合い鍵を持つような相手は、いなかった。
だが――――
たった一人、そこに共通する人物がいた。
そして、ある人物が容疑者として浮上する。
ワンルーム型のアパート、マンションを多く管理する不動産業社の、営業担当の男だった。
その男に張り付いて次第に明らかになった犯行の手口は、実に計画的なものだった。
店舗に訪れた女性客に目星をつけ、物件を紹介する。奴が気に入った女性客に勧める物件は、奴の自宅から半径三キロ以内に点在する限られていた。
そのいずれもが、これまで被害者が報告された物件だった。
物件の紹介と契約手続き、鍵の引き渡しまで数回は最低でも顔を合わせる営業担当者は、話し上手であれば幾らでも女性から話を聞き出すことが可能だった。
独り身で真面目な性格の女性ほど、内に孤独を抱えている。
少し優しく話を聞くだけで、いい。それだけで思うよりも簡単に彼女たちは心の城壁を破って本音を吐露し始めるもの。
中には別れた彼の事や、抱える悩みまでも初対面の他人に打ち明けることもある。
そうやって帰宅時間、遊びに出るパターン、酒には弱いか等の必要な情報を仕入れた男は、犯行の機会を見定めるだけでよかった。
後は、マスターキーを使うだけで犯行が可能になる。
だが、そこで捜査は暗礁に乗り上げた。
「物証が出ないって、どういうことですか」
「出ないんだとよ、被害者の自宅からも、体内からも、奴の犯行だと裏付ける精液もDNAもさ。管理官も弱ってるよ」
「だけど、髪の毛と指紋はあったって」
「だってほら、不動産屋の営業だろう? 物件紹介でなんどか訪れてるからと言われれば、それまでだろう」
婦女暴行、強姦罪は親告罪である。
つまり被害者が刑事告訴して始めて、立件可能となるわけだが、これまでの被害者らの体内と犯行現場からは男のものと思われる体液およびDNAは検出されていなかった。
「新城、お前本気か」
「わかりきったこと聞かないで。医者の診断から暴行された事はわかってる。状況からも、星が犯人で間違いはない。だけど、物証だけがないから立件できない、逮捕ができないって……そんなの許されると思う? ここまできて、次にまた被害者が出て、その被害者が刑事告訴して、そこから物証が出るのを待てって言うの? 傷つかなくてもいい被害者を生まなきゃ犯人が逮捕出来ないって、おかしいじゃない」
「容疑者は上がってるんだ。別件でもなんでも逮捕さえすれば、後は自供と家宅捜索で立件はできる。囮捜査までする必要はない」
「犯行時に一番隙が出来ることくらい、知ってるでしょ。大丈夫。囮捜査で直接に強姦罪は問えなくても、強制わいせつ罪と住居不法侵入の現行犯であれば、そこからこれまでの事件への糸口は掴める」
「だからってな!」
新城勇希は、ニヤと笑みを浮かべて答えた。
「自分のこの手で押さえたいのよ。あの下衆野郎を。二度と、女に触れようと思わなくしてやるから」
「お前、まさか私的感情で捜査をしてるんじゃないだろうな」
「個人的感情で? いいえ。これが私の正義よ」
強い信念を伝える、真っ直ぐな目をして言った。
課長を含む他の刑事らも新城が自ら提案したその囮捜査に対して懸念を示さなかったわけではない。
だが新城勇希の強い意志が少なからず影響したのか、それとも行き詰まった捜査を打開する手段が他になかったせいか。
いずれにせよ、囮捜査は実行された。
新城勇希がアパートを探してる女性客に扮し、囮捜査は開始された。
入居手続きが終わり、鍵を受け取り。
そうして2週間目のある夜が来た。
金曜日、午後八時半。
設定された時刻に、新城勇希はOLに扮した姿で帰宅し、部屋の灯りをつけた。
午後、九時。
閑静な住宅街は夜の中にあり、張り込みを続ける傍には時折車が行き過ぎていた。
午後、九時半を過ぎたところだった。
予め決めていた通りに新城が部屋の灯りを一段ほど暗いものに変えた時だった。
道を挟んだ角に停車されていた、小型ワゴンから男が降りた。
「停車中のワゴンから男が出てきました。背格好からすると星のようですが、顔の確認ができません」
『わかった。新城、応答しないか』
無線から仲間が新城へ呼びかけた。
この事件捜査に、拳銃携帯命令は出ていない。
だから万一に男が刃物や何らかの武器を持っていたとしたら、新城は自力で防衛しなければならない。
顔はマスクとサングラスでわからないが、高見の目に映る男は確かに容疑者である不動産業の男だった。
表で張込みを続ける高見の目に、容疑者の姿が映った。警察無線からは再度の呼びかけが聞こえ、奴の到来を知らせていたが、新城は応答しなかった。
見上げる部屋の窓には、ナイトスタンドと思しき小さな暗い灯りがあるだけだった。
「まさか、本気で寝てんじゃないだろうな」
『ちょっと待て、高見! 勝手に動くんじゃない!』
「部下がレイプされてもそう言えますか?」
『そういう事じゃない、ちょっと待っ……』
西尾課長の声が聞こえていた気がしたが、構わずに高見は車を出て、容疑者の後を追った。
手にした携帯から再度かけるが、新城は相変わらず電話に反応しない。
「電話に出ろ、新城」
容疑者が鍵を取り出し、新城がいる部屋を開けるのが見える。だが、今踏み込んでも不法侵入にしかならない。
婦女暴行は問え無い上に、これまでの事件を、余罪を、追及できない。
高見は、部屋のドア横まで来ると中の様子を伺った。
キッチン側の窓が少し空いているその隙間から、中を見る。奥の部屋――――ナイトスタンドの明かりが見える部屋には横たわる新城勇希、そしてゆっくりと近づく容疑者の背中が見えていた。
高見は突入のタイミングを図っていた。
強姦罪、順強姦罪を起訴できる基準は、合意のない性行為の有無が条件だ。
幾ら捜査の為とはいえ、そこまでするつもりとはとても思えなかったが、心のどこかに言い切った新城の強い目が残っていた。
『個人的感情で? いいえ。これが私の正義よ』
布団を剥がし、洋服に手をかける瞬間を狙う。
ゆっくりと歩く容疑者は、新城の布団に手をかけ、様子を窺っていた。
眠っているのを確認したのか、男は一気に布団を引き剥がし馬乗りになった。
その瞬間を捉え、高見は部屋に突入した。
「警察だ!」
「いってえええええ!」
だがその瞬間、馬乗りになろうと新城に跨った容疑者の股間に、膝のバネを上手く使った新城の猛烈なキックが決まっていた。
「汚い手で、触らないで」
呻く容疑者を押さえつけながら、新城勇希は警察手帳を提示した。
「住居不法侵入、および強制わいせつ罪で緊急逮捕します」
強く光を帯びるアーモンドアイが、犯人の覆面を見透かしていた。
それは、見ていて痛快とさえ言える姿だった。
その事件は全ての転換ポイントとなったと言って良い。
高見が新城勇希に持つ印象は完全に変わった。顔立ちの美しさではなく、彼女が持つ完徹なまでの正義感に、惹かれた。
それから2人は幾つもの事件を通して、信頼関係を築いた。そうして事件が解決する度に、心が近づいた。少しずつ。
コンビを組んで3度目の春が来るころ、二人の間には単なる信頼以上の想いが生まれていた。
さすがに、堂々と交際宣言することなどはなかったが、それでも時には遠出したりもした。
本当に、普通の恋人同士、だった。
はずだった。少なくとも、高見にとっては。

意識が、ふと雑音を捉えた。
「でさ、なんでって聞いたの。言ったじゃんって。来年も再来年も、ずーっとその先も一緒にお祝いしようって、そのつもりだったじゃんって」
隣のテーブルから、若い女性達がおしゃべりに、主に恋話に花を咲かせているのが聞こえる。
「わかるわかる。めっちゃラブラブだったもんねー。で? 彼はなんて答えたの?」
「なんかー、きらいになったとかじゃなくって、色あせて見え始めたって。慣れたのかなぁって笑ってたけど……」
「ええー、なにそれー。洗濯しすぎて色あせたみたいな言い方ー」
「ううん、でも、あたしが悪いんじゃないんだって、言ってたよ? なんか自分の問題なんだって」
「なによそれー。意味がわかんない」
「そう言ったんだけど、ごめん、って。もーわかんないよー。髪とかもっと変えた方がよかったのかなぁ。でもさ、メイクとか服とか最初の頃はかわいいね、とか言ってくれてたのに、気がついたら言ってくれなくなっちゃったんだよね。なんだろ、好みじゃなかったのかな」
「わかんないよねー男子ってさー」
カチャ、と食器が触れあう音が、彼女たちの会話に一区切りを付けると、数秒の後に再び似た内容の会話が永遠と繰り返され始める。
店内の喧噪が、雑音が飽和してゆき、再び無になる頃、高見の意識もまた過去へと舞い戻ってゆく。

違和感を感じ始めたのは、付き合い始めてから一年が過ぎるころだったと高見は記憶している。
それは何でもない日常の中での、小さな出来事だった。
朝食を囲む平和な時間の中で、テレビから聞こえるニュースを見ていた勇希が、小さく口にした。
その、一言が今でも耳に残る。
「……犯罪者は、全員極刑になればいいのに」
流れていたのは、刑期を終えて出所した者が、再犯したというニュース。他県で発生したその、子供が犠牲となったその事件は、当然高見たちも注目していた。
刑事として。
だが。
新城勇希は、違っていた。
「勇希、言いたいことはわかるけど……刑を決めるのは俺たちじゃないだろ」
「わかってるよ。刑事は捕まえるのが仕事だって言うんでしょ。でも、じゃあ正義はどこにあるの。この国が犯罪者を野放しにしなければ、二度目の被害者は出なかった。何が模範囚だった、よ。塀の向こうで幾らイイコにしてようが、被害者とその家族には何の関係もない。普通に生活していた何の罪もない子供が、どうしてあんな酷い目に会わなきゃならないの? 実行者は再犯を犯した被疑者でしょう。でも主犯は、国よ。危険人物を野放しにした、この国と国の制度よ」
「……それでも、そうだとしても。裁きは法が決めるんだ。俺たち刑事は犯罪者を捕まえる。何度でも、何度でも。一人でも多くの被害者を出さない為に、目の前にある事件の被疑者を、法を犯す者を捕らえるんだ。違うか?」
しかし、その問には、遂に勇希は答えなかった。
もしかしたら気づかない内に出来た溝が、既に存在していたのかもしれない。だが、はっきりと高見が違和感を感じたあの朝。
そこから、少しずつ増加した違和感は、次第に不快感へと変化していった。
コンビとして動く事件が、重なればもしかすると違ったかもしれない。だが、それから高見は広域捜査となった連続強盗事件の捜査のために他県へ数ヶ月かけて出張し、戻れば別の事件が待っていた。
そしてまた、広域捜査。
再び東京に戻ってきた高見を待っていたのは、既に勇希が動き始めていた、あの事件だった。

「でもさあ、わかんないよ。だって、ずっとって、ずっとじゃない? そのままで好きだって、言ってたのに、なんで変わっちゃうの? 喧嘩したわけでもないんだよ」
「うーん。わかんないよねぇ」
女性達の会話が、同じ場所をぐるぐると回転している。
出口のない、メビウスの輪をそうとは知らずに歩き続けている。

店内のBGが、切り替わった。
本日、二度目となるあの旋律が耳に届いたと気付いたのは、隣のテーブルの会話が再び途絶えた瞬間だった。
『天国へのドライブは、勇次と一緒が良いって思ってたのに』
血を失いながら、微笑んだ白い顔がちらつく。
潮の香りが、濃かった。
このやわらかなメロディを、彼女が好んでいたことすら、あの時、海風の中に至るまで知らなかった。
なぜ、テロリストに変貌したのか。
なぜ、自分は気付く事もできなかったのか。
なぜ。
裏切ることに、痛みすら感じなかったのか。
『ずるい人』
アーモンドアイが痛みの中で微笑んでいた。
確かに愛と呼ぶべき何かは、そこにあったはずだった。
ただそれは果たして、男と女としてなのか。
それとも、自らの道を華麗に戦いながら歩く彼女に、憧れに似た想いと信頼を抱いていただけなのか。
正義を信じて戦う姿は、美しかった。
ただそれだけを、記憶に留めたいと願う自分は、恐らく卑怯なんだろう。
『真実を見つけたいから』
真っ直ぐな目が、頭を過ぎった。
『高見は暖かいよ……いつも』
飾り気のない、ただ真っ直ぐな目が。
答えは、見つからない。
ただ、一縷の光が。
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ESCOAD±02 Vol.4近日公開!! お楽しみにっ(o´∀`o)

スピンオフ短編はpixivでも公開するよっ☆

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