デスマーチ前夜物語5ー篠崎あかり、常識人っぽい系女子の場合

 

篠崎あかり、常識人っぽい系女子、の場合

 

 

お疲れ様でしたー。

疲労を隠しようもないほどに積み上げた声が、語尾をやたらに細長く残しながらドアの向こうへと消えていった。どうしようもない状況にあるこのチームからは、先に垣田、そして後藤が、次に花崎が、市山が、帰っていった。それもこれも、チームリーダーである垣田が、今ここにいても仕方ない! 帰ってやる! 酒なんて飲み尽くしてやる! と半ば狂気の叫びに近い様子でオフィスを真っ先に出ていったからに他ならない。

リーダーがそれなんだから、部下としてはそれに従うのみである。確かに、今ここで深夜と呼べる時刻までオフィスに残ったとしても、するべきことはない。

進行中のプロジェクトはある。あるけれど開発仕事の仕上げを期限付きで任されているのは外注会社である米のところであり、このチームは米が完成したものを受け取るまでは仕事らしき仕事はない。

準備はもちろん大事だ。大事だから、篠崎が所属するこのチームは全員でこれまで準備をそつなく進めてきた。無理難題を積み重ねて山どころか山脈に仕立て上げてから、雪崩としてどシャーっとこちらに押し流してくれるクライアントはいるし、最悪のタイミングで最悪の事態が起きてしまう。そういう、どうしようもない大きな流れがあって、それも一つではなく幾つもあって、篠崎たちがいるこのチームはいつでも転覆して木っ端微塵になりかねない小さな無力な小舟のようだった。

そう、とても無力な。

無人になったデスクを見渡して、篠崎はタイピングの手を止めた。

カラフルなフィギュアやプラモデルなのかよくわからないが、ごちゃごちゃと色が溢れている一角。その元は白みの強い色だったはずだがデコられて原型を探すのも困難になってしまったモニターの薄い幅の上に、食玩なのかガチャガチャなのかは知らないが小さな人形が絶妙なバランスで乗っている。

フラフラと今にも落ちそうにも見えるのに、そういえば篠崎が知る限りはそこにあった気がする。日中はアレヤコレヤと慌ただしくて特別気にもしなかったけれど。

「あれ、わざわざテープで止めてるんだ」

アニメやBLなあれこれを好んで仕方ない後藤は、いつだって(あれでいて)一生懸命だし雰囲気を和ませてもくれる。おまけに、意外なのだが、常識という恐ろしく風貌には似つかわしくないものが備わっている。見た目だけで言えばメンバーの中で一番、空気を読まないイメージがあるのだが、あの派手な色相感覚と妙な言葉遣いからは思いもよらないほどに中身はいたって真面目なフツーの女の子だった。

気に入っているだろうキャラクター食玩の底から両面テープがはみ出さないように、きちん、と丁寧にサイズを測って貼られているところからも後藤の生真面目さがよくわかる。モニターの上に陣取ったそれに、篠崎は笑顔のままで指の腹で触れてから離れた。

後藤の席から体を引こうとして、立てかけられていた何かに腕が当たった。

「っとっと、ああ、花崎さんの本か」

思わず倒しかけてしまったかなり分厚いそれをモニターの脇に戻しかけて、背表紙に目が止まった。

『ITサポート、運用担当者のためのネットワークセキュリティ』

その分厚い本が、てっきりウエディング関係の物かと思った篠崎の予想を軽く裏切った。手にしてみれば、数カ所に付箋が見える。ハイライトを引いた箇所も、見えていた。

「あらあら」

無論それは最新刊ではない。

市山の言葉を借りるまでもなく、結婚が決まってからの花崎といえば脳内花畑の住民と化しているから、この本はそれ以前に購入していたのは確実だろう。けれど、その本がそこにあったことと、結婚云々が始まるまでの姿を思い出して篠崎は少し頬を緩めた。

嫌な顔すらせずに、休日出勤にも応じていたのは誰でもない、花崎だった。

「真面目なんだよね、花崎さんも」

そして少し息を吐き出して見渡せば、そこには市山の席がある。モニターの周りにいくつも付箋を貼り、どんな些細なスケジュールも完璧にこなそうとする彼女の性格と仕事の仕方がそこに見える。

付箋のせいで、モニターが後藤とまではいかないが、かなりカラフルな状態になっているのも結果としては面白い。面白い、なんて言ったらきっと市山は眉を寄せるだろうけれど。それでも彼女らしい真面目さが市山なりの形でそこに見えている。

いつだって、そう。一番辛かっただろう時も、少し青ざめた顔色を見せただけで市山はいつもの通りに仕事をしていた。体調が悪かったのか、と聞いても何も答えない。それから随分と時間を経て、あの頃の体調不良は一体なんだったのか、具合はもういいのか、と忘年会の時に尋ねて初めて真相がわかったくらいだった。

――長年の腐れ縁だった彼氏と別れたんですよ――

後藤と花崎がカラオケで騒ぎ、垣田が据わった目で度数の高い酒をどんどん消費していく最中、市山がぼそりと答えたのはそれだけだった。普段もオフィスでよく話すのに、気づけは自分のことはあまり多く言わない。けれど、誰よりも自分に厳しいのは市山かもしれないと篠崎は思った。

市山もまた、真面目な人間なのだ。

三者三様に形は違うけれど。

三人の席を順番に見てから、篠崎は入力の途中だった書類を保存して、PCをシャットダウンした。モニターの電源を落としてハンドバッグを手に取った篠崎は、スマホを手にしてアプリを立ち上げる。時刻は午後八時半。

定時からは二時間半も経過しているけれど、この時間に帰れるのはかなり早い方だといえていた。立ち上げたアプリの中に、更新情報を見つけて篠崎ははあ、と深い息を吐き出した。

カヅキ、15歳。そう書かれたプロフィールのアバターが、昨日のお礼! ありがとう! とお返しのプレゼントを送ってきていた。くるくるとカールした髪型と眼球が異様に大きく設定された二頭身の中性的な風貌に設定され、プロフィールには絵文字が見事に並び、ゅ、ゎ、ぉ、ぃ、なんかの読みにくくてしかない進化なのか退化なのかもわからない日本語(多分)が並んでいる。

普段の、リアルの姿からは想像もできないが、これが垣田のもう一つの顔であることは、篠崎だけが知っていた。

「……お返し、ありがとうございます。垣田リーダー」

篠崎の顔には、苦笑が浮かぶ。

このチームのメンバーは全員が方向は違えど真面目である。だか、その性格はバラバラで考え方も思考パターンも恐ろしく違うから、このメンバーをチームとしてまとめる垣田は彼女なりに苦労をしているはずだ。だから、篠崎がどうにも端から気にしていたのは、実は垣田だったと言っても過言ではない。

チームっていうのは、引っ張っていく力のあるリーダーがいなきゃ成り立たない。技術や能力のある人間だけを集めれば自然に彼らが団結して仕事を始める、というわけじゃない。

なぜなら、技術や能力があって自らなんの躊躇もなく行動できる人間とは結局のところ自分に自信があり、すなわち自分を評価している。口にはしなくても、おそらくは最大限に評価している。そして自分を高く評価している人間は、得てして自分より優れている他人を認めたがらない傾向にあるし、上司だからと相手をそのまま尊敬する訳ではない。

表立って反抗するような人間はいなくても、内心に抱く想いと感情はチームワークにつながり、ひいては仕事の結果として現れてしまう。

そしてその中には能力云々以前にチームワークに向いていない人間だっているだろう。よってそこには、チームとしての目的と達成までの必要な段階を理解し個々の力を引き出しフォローをしながら牽引できるリーダーがやっぱり必要になる。

どこの職場の、どこの部署でも同じだろうが、リーダー次第で職場は地獄にも天国にもなり得てしまう。だから、ここに配属される前に女性だらけのITサポートチームだと聞いた時、篠崎は不安を覚えたものだった。

なぜなら男性に比べて、女は面倒くさい。面倒臭い生理があるから面倒臭いのかどうかは知らないが、とにかくよくわからないのが女という生き物だ。その女である上に技術と能力を備えたIT屋だなんて、面倒臭い上に面倒臭いを三乗したくらいのものである。そんな女だらけのチームをうまくまとめられるんだろうか、と。古い付き合いの垣田だからこそ、不安になったと言ってもいい。

だが、垣田はそれを為してきた。そして、メンバーは垣田を中心にチームとしてまとまった。

このチーム。

液晶画面から目を離した篠崎は、みんなの無人になったデスクを見渡して、浅く息を吐き出した。

それぞれに、性格も違うし方向性も考え方も違うメンバーで構成されている。

けれど共通するのは、ここにいるメンバーはみんな真面目だということだ。

そして例外なく、垣田も真面目な人間だった。

真面目な人間であり、求められる精度とレベル以上の仕事を期限内に形にし続けてきたからこそ、一サポートスタッフから一つのチームをまとめるリーダーに登ってきたわけだ。

そして、垣田の中にある最も賞賛すべき点は共に働く人間を「部下」や「上司」の括りなく大事に思っているところだろう、と篠崎は思っていた。仲間意識ってやつだろうか。

普段はそんなことは口にはしないし、どちらかというとタバコの匂いがひどい時などは、どうなのだと言われかねないと思っている。けれど、その根底にあるものが仲間を思うが故の発言だったり行動に現れ伝わったからこそ、チームはチームとして力を発揮できるようになったのだ。

「お疲れ様です、垣田リーダー」

15歳設定は幾ら何でもやりすぎだ、とは思うけれど。

これで彼女のストレスが発散されているなら、それもアリなのかなと篠崎は苦笑してアプリを閉じた。篠崎が垣田の秘密を知っていることは、垣田は知らない。こうして篠崎は篠崎なりにそれぞれのことを彼女たちも知らない面を知りながら、チームを見ている。

小さな音とともに、照明が消えた。そうして扉がゆっくりと閉じて、篠崎の足音が遠ざかってゆく。

明かりが落とされて、無人となったITサポートチームのオフィスには束の間の静寂が降りた。

いずれ訪れる戦いの朝。

その前に、疲れた体を休めるかのように。

 

 

デスマーチ前夜物語 終わり

本編「デスマーチ-ITサポ戦線、離脱不可-」

2017年2月10日より公演 チケット及び公演の詳細は新和座特設ページ

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